呼吸器外科

概要

呼吸器外科では原発性肺癌、転移性肺腫瘍、縦隔腫瘍、悪性胸膜中皮腫などの腫瘍性疾患に加え、自然気胸、膿胸や肺化膿症、胸部外傷など緊急で処置の必要性がある疾患を対象に診療を行っています。

診療体制:主に手術を担当し、現在当科は呼吸器外科専門医3人体制(2025年2月現在)で診療に当たっています。肺癌の治療方針は呼吸器内科と協力して決定します。
当科ではロボット技術を積極的に取り入れダメージの少ない手術と痛みの少ない術後管理を行っています。リハビリテーション科と協力し術後早期からリハビリテーションを行い肺炎や肺血栓塞栓症などの術後合併症の予防にも積極的に取り組んでいます。

最新の治療法:近年の化学療法や免疫療法の進歩により、切除不能な進行肺癌に対しても術前化学療法を行い、効果があれば完全切除(根治手術)を実施しています。

術後の追加治療:肺癌術後の追加治療については、肺癌診療ガイドラインに基づき、再発予防のために術後補助化学療法を検討します。抗がん剤の投与は、外来での内服治療から点滴治療まで多岐にわたり、肺癌の進行度(ステージ)や肺癌の種類(組織型)、遺伝子変異の情報に基づいて決定します。

放射線治療:術後に放射線治療が必要な場合は放射線科にてSBRT(Stereotactic Body Radiation Therapy) (定位放射線治療)やIMRT(Intensity Modulated Radiation Therapy) (強度変調放射線治療)を用いて、正常組織の被爆を抑えつつ、腫瘍部分に集中照射します。脳転移に対してはガンマナイフセンターで精度の高い治療を行います。

主たる対象疾患と治療

  1. 原発性肺癌
  2. 縦隔腫瘍(胸腺腫・胸腺がん・胚細胞腫、嚢胞性腫瘍(先天性嚢胞)・神経原性腫瘍)
  3. 気胸
  4. 膿胸
  5. 胸膜腫瘍(悪性胸膜中皮腫・孤立性線維性腫瘍)
  6. 胸部外傷

1.原発性肺癌

以前は、重喫煙に伴う中枢型肺癌(中枢気道に腫瘍が進展し、扁平上皮癌が多い)が多くみられました。これは血痰や気管支閉塞に伴う無気肺や肺炎を来すことが特徴でした。近年では、無症状で検診および胸部レントゲンやCTで発見される末梢型腺癌が増えています。
手術適応は、肺癌診療ガイドラインに基づき、stage 0からstage IIIAの一部までの非小細胞肺癌です。脳転移があっても、単一臓器の少数(原則5個まで)の遠隔転移のみであれば、ガンマナイフによる脳転移の治療を行いつつ手術を行う場合もあります。またStage Iの限局型小細胞肺癌も手術適応になりますが、非常に稀です。

TNM臨床病気分類(暫定UICC-9版)の図表

(出典:臨床・病理 肺癌取扱い規約 第9版)

【肺の解剖について】

肺の解剖としては左2つ右3つに分かれていて、葉という単位で構成されています。葉の間には皺(しわ)があり、その部分を葉間といいます。皺が深く切れ込んで、葉が完全に分離する場合もあれば、全く皺すらない場合もあります。肺葉を切除するためには支配する血管(肺動脈、肺静脈)気管支(葉気管支)を切除して、癒合した葉間(皺)を分ける必要があります。

図1

【手術のアプローチ法の変遷(開胸手術から胸腔鏡、さらには低侵襲なロボット手術へ)】

■開胸アプローチ

1990年以前は肺葉切除並びに肺全摘を行うことが多く、アプローチは開胸手術が主体でした。開胸患側の側胸部に8-30cmの皮膚切開を置いて、筋肉を切開して肋骨の間を拡げて、開胸器をかけます。これにより直視下に術者が肺切除に必要な術野を確保します。

右下葉切除

右下葉切除

上葉切除

上葉切除

■胸腔鏡アプローチ

胸腔鏡アプローチの画像

1990年代に入って日本でも胸腔鏡手術が始まりました。肋骨の間に1cm程の傷(ポート挿入部)を3~4か所開けることで、そこから内視鏡を挿入し、その映像をモニターで見ながら手術する方法です。

自然気胸などの比較的難易度の低い手術から、徐々にスキルや経験値が上がると難易度の高い肺葉切除、区域切除まで行う施設が増えました。さらには器具の進歩や各施設の積極的な取り組みから単孔式(一か所の傷から行う)手術を行う施設も増えています。

■ロボット支援下アプローチ

2018年の診療報酬改定に伴い、肺悪性腫瘍の肺葉切除と縦隔腫瘍に対するロボット手術が保険適応となりました。全国的にロボット手術が行われるようになって、保険適応の術式も増えて、ロボット手術の件数は増加しています。

手術術式について

肺癌の標準手術は肺葉切除と系統的なリンパ節の切除(リンパ節郭清)です。腫瘍が存在する肺葉を切除して、リンパ節転移を来しやすい肺門リンパ節(N1)と周囲の脂肪を含めた形で縦隔リンパ節(N2)を切除します。しかしながらCT検診が普及し早期肺癌も多数発見されるようになりました。周辺の肺胞上皮細胞を置換しながら発育するパターンで、CT画像上はすりガラス状の淡い影と表現されます。(図1)このような早期の肺がんはリンパ節転移の可能性が極めて低いため、肺葉切除を回避する手術も行われています。切除範囲を縮小する手術としては、腫瘍から十分離れたラインで部分切除する場合や、肺葉より小さい単位の区域切除があります。(図2 部切、区切、葉切の術式)
最近の日本の多施設共同研究から2cm以下の肺癌(小型肺癌)における区域切除の有用性を示す論文が発表され、区域切除は今後も増加するものと考えられます。

図1 早期肺腺癌

図1 早期肺腺癌
すりガラス結節

図2 部切、区切、葉切の術式

図2 部切、区切、葉切の術式

当科の肺がんに対するアプローチと術式

すりガラスを主体とする早期の肺癌に対しては、積極的に部分切除や区域切除を行います。
部分切除に際しては現在原則1か所の傷から行っていますが、小さな傷から腫瘍の触診を行い、腫瘍の位置の確認をする必要がある場合は2か所の傷になる場合があります。また触診が難しい際には術前にマーキング(VAL-MAP法)を行っています。

当科のVAL-MAP法 概要

当科ではリンパ節転移の可能性がある肺癌、気管支血管形成が必要な進行肺癌、さらには複雑な区域切除の場合も開胸手術を行わず、ロボット手術で行っています。当科のロボット手術の特色とその成績についての概要について診療実績を参照してください。

診療実績

単孔手術

単孔手術

単孔手術創部

単孔手術創部

2.縦隔腫瘍

縦隔とは左右の肺の内側部分で正常構造である心大血管、食道、気管を除いた部分を指します。縦隔は上縦隔、前縦隔、中縦隔、後縦隔の4か所に分けられ、腫瘍の種類によって好発部位があります。

縦隔腫瘍の画像

  • 上縦隔 神経原性腫瘍 甲状腺腫など
  • 前縦隔 胸腺腫 胸腺癌 胸腺神経内分泌腫瘍 胚細胞性腫瘍 悪性リンパ腫 嚢胞性腫瘍など
  • 中縦隔 気管支嚢胞などの嚢胞性腫瘍 リンパ管腫など
  • 後縦隔 神経原性腫瘍など

代表的な縦隔腫瘍

3.気胸

肺は通常は肋骨、胸椎、胸骨、横隔膜で囲まれている胸腔というスペース一杯に拡がり、肋骨や横隔膜を動かして呼吸を行います。
気胸とは、いわゆる肺のパンク状態です。主に肺嚢胞(ブラ)と呼ばれる風船状の病変に小さな穴が開くことによって発生します。症状としては、入り込んだ空気により胸が痛くなり、肺が小さくしぼんでしまうと息苦しくなります。安静のみで治る場合もありますが、空気漏れが続くと肺が萎んで呼吸が苦しくなります。このレベルになると、溜まった空気を外に逃がす胸腔ドレーンを入れる必要があります。空気漏れが止まればドレーンを抜去して退院できます。しかし、空気漏れが止まらない場合や気胸を繰り返す場合は手術が必要となります。当科では、1か所の2cmほどの傷から行う単孔式手術を行っていますが、続発性気胸などの難しい場合では3か所に傷を増やすこともあります。
気胸には、特発性気胸(原因がはっきりしないもの)と続発性気胸(何かしらの原因に伴うもの)があります。

図15-1肺尖ブラ多発

肺尖ブラ多発

図15-2ブラの破裂  エアーリークテスト

ブラの破裂 エアーリークテスト

【特発性気胸】

20歳前後のやせ形長身の男性に発症しやすい傾向があります。もちろん頻度は少ないですが、女性の患者さんもいます。

【続発性気胸】

一番多いのは肺気腫に伴う気胸で、喫煙により肺組織の破壊が進むことでブラを生じるために起きる気胸です。

代表的な続発性気胸

4.膿胸

膿胸とは、肺の細菌感染症(肺炎)によって起きる胸のなかに膿がたまる病気です。

5.胸膜腫瘍

6.胸部外傷

一番多いのが転倒や転落によっておこる肋骨骨折、気胸、血胸などです。
肋骨骨折はおおむね安静、鎮痛薬の投与とバストバンドによる外固定で治療します。外傷性血気胸などはドレーン挿入が必要となることや、まれに外科手術が必要になることもあります。
胸部以外の他領域に外傷が及ぶ場合は他領域の専門科と協力して総合的に管理します。

図21肋骨骨折の写真画像

肋骨骨折

受診される方へのメッセージ

呼吸器外科では、新しい技術や経験によって培った技量を駆使して、患者さんの身体的負担を軽減できるような手術の提供に努めています。
また、さまざまな新しい治療法を積極的に導入しています。治療法の選択の際には、それぞれのメリット・デメリットをきちんと提示したうえで、患者さんご自身で納得のいく治療法を選んでいただけるよう心がけています。

部長 松本 順

 

低侵襲・機能温存手術ロボット手術センター

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