心臓血管外科
(1)概要
心臓血管外科では、主に成人の心臓・血管疾患に対する手術治療を行っています。小児に対する治療や心臓移植、人工心臓移植を除いたほぼすべての心臓手術を行います。特に、オフポンプバイパス術やステントグラフト内挿術、MICS(小切開心臓手術)などの低侵襲心臓手術を積極的に取り入れています。
(2)ポリシー
心臓手術に対する恐怖心を取り払うべく、負担の少ない手術を行う
心臓手術に対して、「危険、怖い」というイメージを抱いている方は多いのではないでしょうか?このような恐怖心から、心臓手術を行う時期を先延ばしにしてしまい、本来手術を受けるべき時期を逃してしまう患者さんは少なくありません。そのうえ、心臓疾患は重症化するまで症状が出づらいため、手術がますます先延ばしにされてしまいがちです。
患者さんが適切な時期に手術を行えるようにするためには、心臓手術に対する従来のイメージを払拭する必要があると考えています。そのため、当科では低侵襲心臓手術に積極的に取り組んでいます。安全性の高い手術を目指すことはもちろんのこと、心身の負担を軽減できるような手術治療を提供していきたいと考えています。
(3)特徴
心臓を止めずに行う、オフポンプ冠動脈バイパス術
生命を維持するために、心臓は1日約10万回休みなく拍動しています。通常心臓を手術するには心臓を一時的に止め、人工心肺を運転する必要があります。心臓手術のまず怖いところは、心臓を止めなければならないということではないでしょうか?
しかし、近年は心臓を止めずに、人工心肺も使用しない心臓手術があります。対象となるのは、狭心症や心筋梗塞に対して、冠動脈の血流を回復させるために患者さん自身の血管で新しい血液の通り道を作る「冠動脈バイパス術」です。狭心症や心筋梗塞は、冠動脈が動脈硬化によって細くなったり詰まってしまったりする病気です。
冠動脈バイパス術は、1.5mmくらいの血管同士を髪の毛より細い糸で縫い合わせるという繊細な手術であるため、従来は心臓を止めた状態で行うことが必要でしたが、手術技術の進歩により多くの患者さんで心臓を動かしたまま同じクオリティの手術ができるようになりました。私自身もいつもオフポンプ冠動脈バイパス術を行っていますが、人工心肺を使用するほかの手術に比べて、体への負担が少ないと感じています。
小さな傷で行う、小切開心臓手術(MICS)
従来、心臓手術は「胸骨正中切開」といって胸の中央にある胸骨という板状の骨を全長に切開して行っていました。この方法では、喉元からみぞおちにかけて大きな傷口が残るうえに、胸骨がくっつくまでの数か月間は運動制限や痛みで困る患者さんも少なくありませんでした。
これを改善すべく「胸骨をあまり切らない」または「まったく切らない」心臓手術が、小切開心臓手術(MICS)です。当科では、心臓弁のはたらきが悪くなる心臓弁膜症に対してMICSで手術を行っています。1つの弁の手術に限らず、たとえば僧帽弁と三尖弁の同時手術や、大動脈弁と僧帽弁の同時手術においても、小切開心臓手術を行っています。
また、治療する弁の場所や患者さんの体型に応じて、細かく切開を変更することで最小限の切開で手術が出来るような工夫をしています。
MICSでは、10cm以下の傷で手術を行うことが可能です。人工心肺の使用と心停止は必要となりますが、皮膚や骨の切開を極力減らすことで、創の痛みによって術後の回復が遅れることが少なくなりました。創を小さく目立ちにくくし、患者さんにとっての手術への「恐怖」を減らすことを目指しています。
胸骨を切らずに行うことで胸骨感染が起こるリスクがないことも大きな利点といえるでしょう。一方で、術野が狭いため難易度が高いという欠点もあります。
また、MICSによる心臓弁膜症の手術を行う場合の費用は、胸骨正中切開で行った場合と大きな差はありません。患者さんが病院でお支払いいただく金額は約15万円です(1弁置換術施行で限度額認定証「ウ」を使用した場合。ただし、患者さんの所得などに応じて、高額療養制度の上限額は異なります。)
※尚、胸骨正中切開は約14万円です。(1弁置換術施行で限度額認定証「ウ」を使用した場合。ただし、患者さんの所得などに応じて、高額療養制度の上限額は異なります。)
胸もお腹も切らずに行う、ステントグラフト内挿術
ステントグラフト内挿術は、大動脈が風船のように膨らみ、放置してしまうと破裂して命を落とす恐れのある大動脈瘤という病気に対して行う手術です。ステントグラフトという、金属製のばねのついた人工血管を小さくたたんでカテーテルの中に格納し、足の付け根の血管から大動脈瘤内まで送り込んで広げることで大動脈瘤を内側から塞ぐ治療です。
ステントグラフト内挿術が登場するまでは、大動脈瘤のできた場所を20~30cmほど切開して大動脈瘤を露出し切除して人工血管を移植するという大手術が必要でしたし、胸部の大動脈瘤ではさらに人工心肺も必要です。
しかし、ステントグラフト手術では、足の付け根あたりを3cmほど切開するだけで、胸もお腹も切らずに治療を行うことが可能です。胸部であっても人工心肺は不要です。
ただし、残念ながらすべての大動脈瘤が対象となるとは限らず、大動脈瘤のできた場所や形によっては大きな皮膚切開を伴う人工血管置換術の方が適している場合もあります。今後、ステントグラフトの適応が拡大されていく必要があると考えます。
心臓血管外科を受診される方へ
私が心臓血管外科医になった20世紀の終わり頃は、心臓手術や大動脈瘤手術には手術をする医師も手術を受ける患者さんも「生きるか、死ぬか」という覚悟で臨んでいました。今でもこれらの手術が命に直接かかわる治療であることに変わりはありません。
しかし、適切な時期に、適切な心臓手術を行うことで、弱っていた心臓の機能を回復させることができますし、それは高齢の患者さんでも同様に健康寿命を延ばすことが期待できると考えます。
その恩恵を、より多くの方々に受けていただくためには、心臓手術に対する不必要な恐怖感を無くさなければなりません。そのためには、ただ手術の必要性を説くだけではなく、より「怖くない」手術を提供することで初めて実現できるのではないかと考えています。
部長 華山 直二
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