独居や老老介護の家庭が増える中、自分では気づきにくく、家族も単なる老化と捉えてしまいがちな認知症の問題は深刻化しています。「治るものを見逃さない」「孤立させない」ことを重視して認知症医療をけん引する、当院 脳神経内科部長・吉澤利弘先生にお話しを聞きました。
早期から地域での認知症ケアに注力
当院が位置する品川区では、2021年から認知症の住民健診が試行される予定です。これは、自覚しにくく、周囲も老化との区別がつきにくい認知症の早期発見を促し、適切な医療やケアにつなげるためのもの。その一翼を担う私たちは、10年以上前から地域の医師会、および認知症医療に関わる多職種と定期的に勉強会を開催し、地域ぐるみで認知症患者さんとその家族を支えるためのつながりを構築してきました。地域の開業医の先生方からご紹介を受けた患者さんに対しては、確定診断と初期治療を行い、数ヵ月にわたり薬の副作用や効果を見極めた上で、逆紹介というかたちでお戻しして住み慣れた地域で暮らし続けられるようサポートしています。
治る認知症を鑑別し、適切に治療
初期診断で重視しているのは、根本的な解決方法はないものの薬剤で症状の進行を抑制できる認知症なのか、原因となる疾患を治療すれば認知機能の低下も改善可能な「治る認知症」なのかを鑑別すること。「認知症は治らないから相談しても仕方がない」と諦めてしまう方が少なくありませんが、治る認知症は全体の5~10%の割合で存在しています。正常圧水頭症や慢性硬膜下血腫といった病気による認知機能の低下は外科的手術で回復する可能性があるのです。患者さんとそのご家族からよくお話を伺った上で、専門的な診察、脳のCTやMRI、脳血流シンチグラフィ、DATスキャン、MIBGシンチグラフィといった画像診断も駆使して原因を突き止め、次のステップにつなげていくことが私たちの重要な役割だといえるでしょう。
患者さんと家族の孤立を防ぐ取り組みも重要
認知症の大きな問題点は、患者さんを支えるご家族が孤立しやすいことにあります。独居や老老介護のご家庭が増えている中、先が見えない介護のつらさを打ち明けにくかったり、外出先で他者に迷惑をかけるのが怖かったりして、自分たちだけですべてを完結しようとして精神的に追い込まれるケースが増えています。この状況を踏まえ、地域包括支援センターや訪問看護ステーションとも連携しながら「社会との接点」を失わない在宅療養を実現していくことが大切だと考えています。現在はコロナ禍のため実施できていませんが、複数の診療科で協力してつくり上げた早期認知症のための「関東病院しあわせプログラム」もその一環です。回想法と運動療法で認知症症状の緩和をめざすとともに、患者さんとご家族を「医療・運動・こころ・生活」の各側面から総合的にサポートしていきます。
ひかりワンチームSP
多職種の情報共有を容易に!チーム力を引き出すICTツール
認知症医療には、患者さんの気持ちに寄り添うアナログ的感覚が重要である一方、医師・看護師・ケアマネジャー・介護担当者といった関連職種が患者さんの状態やケア方針、医療・介護上の問題点、疑問点などをスピーディーかつシームレスに共有するシステムの存在も欠かせません。当科では認知症の在宅医療・介護を支えるためのICTツールの開発に参画。われわれのアドバイスのもと、NTT東日本とNTTテクノクロス株式会社が開発協力を行い、多職種連携ツール“ひかりワンチームSP”が2016年にリリースされました。在宅療養の場では、ひかりワンチームSPを実装したタブレット型端末からクラウド上に患者さんの状況や、医療・介護上の問題点を挙げて、患者さんに関わる多職種がその情報・視点を共有しつつ対応にあたることが可能です。“ひかりワンチームSP”は、当院をハブとした地域医療支援を行う上で有用なツールです。現在は医療・介護上の判断が難しい神経難病の患者さんの在宅療養にも広く役立てています。
先生にお話を聞きました!
脳神経内科部長 吉澤利弘
1983年、筑波大学医学専門学群卒業。筑波大学附属病院、アメリカ合衆国ハーバード大学医学部神経生物学教室研究員、文部科学省研究振興局学術調査官などを経て、2006年より現職。認知症医療では「治るもの」の鑑別と「孤立させないこと」を重視し、地域連携に積極的に取り組む。