予備軍を含め、患者さんの多くが受診に至っていない

厚生労働省の令和元年「国民健康・栄養調査」によれば、20歳以上の成人のうち「糖尿病が強く疑われる者(診断を受け治療中の人を含む)」は1196万人、いわゆる糖尿病予備軍にあたる「糖尿病の可能性を否定できない者」は1055万人いることがわかっています。しかし、これだけ多くの人が糖尿病、あるいはその予備軍とされているにもかかわらず、病院を受診して治療を受けている人は決して多くありません。初期段階は自覚症状に乏しいため、糖尿病であることに気づかず、そのままの生活を続けているケースや、糖尿病とうまく付き合っていくうえで欠かせない治療を自己判断で止めてしまうケースが非常に多いのです。こういった点が、現在の日本の、糖尿病治療における重大な問題点です。

かかりつけ医と連携し患者さんを切れ目なく支える

現在、糖尿病で医療機関と接点がある方の約3分の2は地域のかかりつけ医を、約3分の1は私たちのような総合病院や大学病院など規模の大きな病院を受診しています。これは、糖尿病を専門とする医師だけでは急速に増加する糖尿病患者をカバーしきれなくなっているという物理的な背景があります。加えて、患者さんの日常生活での行動変容を主体とした治療が有用であるという糖尿病の特性から、双方向型・循環型の地域連携による治療が推進されているからです。これからの糖尿病治療には、患者さんの近くにいてその変化を察知しやすいかかりつけ医と、教育入院や指導、合併症の治療といった集中的かつ専門的な治療を行うことができる私たちのような立ち位置の病院との連携が欠かせません。前述したような治療の中断を防ぐ上でも、「状態がコントロールできている間はかかりつけ医に、何かあれば専門治療ができる病院に」といった受診しやすい環境づくりがとても重要です。
こうした経緯を踏まえて、当院では、糖尿病を専門とするか否かにかかわらず地域の先生方との信頼関係構築に努め、協力体制を築いてきました。地域の先生方が糖尿病の患者さんをしっかり診てくださるのは、ちょっとした異変を察知する必要がある糖尿病治療においてとてもありがたいことです。一方で、糖尿病には症状の軽重を判断しにくい部分もあり、少しでも平時と異なると感じた場合はためらうことなく専門的治療につなげていただかなくてはなりません。丁寧に積み重ねてきたやりとりを軸に、それぞれが求められる役割を果たし、糖尿病と生きる患者さんを地域で切れ目なく支えていきたいと思っています。

管理栄養士による食事指導では、市販のお弁当なども想定し、実際の食事で実践しやすいよう主食の量や糖分を多く含む食材などの説明をする
糖尿病看護認定看護師が、診察前に患者さんから体調や生活変化の有無、インスリン投与の状況などについてヒアリングし、生活指導を行う

正しい知識をもって、偏見に負けずに治療継続を

患者さんにお願いしたいのは、病院に通い続けてほしいということ。患者さんの中には、「自己管理ができない人だ」「糖尿病になったら、普通の生活は送れない」といったスティグマ(根拠のない差別、負のレッテル)を恐れて、糖尿病であることを恥じ、糖尿病と向き合う意欲を持てない人が少なくありません。しかし、これは大きな間違いです。不摂生しているわけではないのに血糖が上昇する人もいますし、正しいコントロールさえすれば健康な人と同じように生き生きと人生を送ることができます。ですから、正しい認識を持って、治療を継続してほしいのです。
一般に疾患は患者さんと敵対するものとして捉えられますが、糖尿病は疾患と患者さんが一体化している点で大きく異なります。疾患が患者さん自身に内在しているので、医師は糖尿病を直接攻撃できません。良い状態を維持し続けるには、エレベーターではなく階段を使う、お菓子のつまみ食いを減らす、といった患者さん自身の意識と行動の変化がとても大切です。どうか諦めずに、病院との接点を持ち続け、前向きに治療を続けていきましょう。

先生よりメッセージ

糖尿病は、正しい治療をすれば幸せな人生を送れる病気ですが、糖尿病であることを認めるのは簡単ではありません。だからこそ私たちは、「来てくれてありがとう」という気持ちで患者さん一人ひとりと接しています。スティグマに負けず、一緒に頑張りましょう。