がんと診断されたとき、患者さんと家族をとりまく感情はさまざまです。これからどうなる? なぜこうなった? 家族は? 仕事は…? 肉体的な痛みだけでなく、そうした不安や自責、生きる意味や苦しみにまつわる答えのないつらさも「痛み」と捉え、患者さんに並走するのが緩和ケアの役割です。早期から治療と並行して緩和ケアを行うことで、治療成績が向上することもあるといいます。当院における緩和ケアについて、緩和ケア科部長・鈴木正寛先生に話を聞きました。
「痛み」は肉体的な疼痛に限らない
一般的に、がんの痛みというと、病気による疼痛、治療による副作用などで日常生活がままならない「身体的苦痛」を想像する方が多いと思います。しかし、実際にがんと診断されたとき、患者さんとそのご家族が感じる痛みはそれだけではありません。痛みには、不安や怒り、孤独感といった「心理的苦痛」、仕事や家族、経済的な問題による「社会的苦痛」、さらには人生の意味や苦しみの意味を問い、死生観に向き合う「スピリチュアルペイン」に身体的苦痛を合わせて4つの側面があるといわれ、緩和ケアではこうした痛みを包括して「全人的苦痛(トータルペイン)」と呼んでいます。
個々の痛みの強弱は人によって異なりますが、それぞれは密接に結びついて影響し合っているため、表出していない痛みも含めて多面的な理解と支援に努めることが緩和ケアの重要な役割です。
全人的苦痛に対応するにはチーム医療が不可欠
将来的な医療やケアについて元気なうちから計画を立てるACP(アドバンス・ケア・プランニング)の普及などを背景に、自分の生き方を深く考える時代になったとはいえ、まだまだ突然のことに戸惑うご家族が少なくありません。そこで欠かせないのが、医師や看護師、薬剤師、管理栄養士、精神科の医師、精神看護専門看護師など、緩和医療を専門とする多職種が自身の得意分野で患者さんのつらさにアプローチし、暮らしやすさの向上をめざすチーム医療です。医師に言えないことも看護師には言えたり、管理栄養士だからこそ気づけることがあったりと、患者さんの痛みを早くキャッチアップできるのがチーム医療のメリットですね。外来での通院が負担になっているようなら、がん相談支援を担当する部署と連携を取って在宅をベースにした訪問診療に切り替えるといったように、患者さんとご家族が「何に困っているのか」「どう過ごしたいのか」を伺って、希望を実現するための課題を解決できるようサポートしていきます。 たとえ同じ病気、同じ進行度であっても、痛みまでまったく同じであることはありません。患者さん一人ひとりが希望する生き方を実現できるよう、オーダーメイドの緩和ケアを心がけています。
1人でも多くの人に、1日でも多く笑顔の毎日を
当院では、緩和ケア病棟に入院中の方、他科で入院中の方、外来に通院されている方に対して緩和ケアを行っています。このうち、緩和ケア病棟は16床すべてが個室で、採光性に優れ、四季折々の自然を眺めることができます。車いすやベッドのまま屋上庭園へ出ることもできるので、「風を感じられる」と患者さんに好評なんですよ。入院しているからといって諦めず、心身のつらさを和らげながら1日1日を幸せに暮らしてもらいたいと思っています。
緩和ケアは、2007年に策定された「がん対策推進基本計画」において重点的に取り組むべき課題の一つと位置づけられ、がん診療に携わるすべての医療従事者への知識と技術の普及が進められてきました。これを受け、当院のような地域がん診療連携拠点病院で行う「がん等の診療に携わる医師等に対する緩和ケア研修会」の受講者は年々増加し、現時点で15万7000人に上る医師が全人的な緩和ケアを学んでいます(2022年3月)。治癒率向上に重きが置かれ、緩和ケアに対する取り組みが遅れていた日本においても、確実に緩和ケアの重要性、有用性が認知されつつあると言えるでしょう。今後も引き続き、知識の普及に努めていきたいですね。
私たちのような緩和ケアの専門家だけでなく、広く一般の医師も窓口となって緩和ケアを提供することで、全国の患者さんとご家族に1日でも多く笑顔で過ごしてほしいと願っています。
先生にお話を聞きました!
緩和ケア科 部長 鈴木 正寛
1997年日本医科大学卒業。東京大学医学部附属病院、国立がんセンター中央病院などを経て入職。日本麻酔科学会麻酔科専門医。得意分野は緩和医療、ペインクリニック、臨床麻酔学、神経障害性疼痛の基礎研究。「がん等の診療に携わる医師等に対する緩和ケア研修会」で一般の医師への知識啓発にも努める。