2025年1月13日~18日、NTT東日本関東病院 脳神経外科部長 井上智弘医師がチェコ共和国マサリク大学付属病院でのもやもや病センター設立に伴う手術執刀の依頼を受け、手術を行いました。手術依頼の経緯や内容についてお聞きしました。
井上智弘医師へのインタビュー
―チェコ共和国の病院との交友はどのように始まったのでしょうか。
私は脳血管手術、特に脳血管吻合(バイパス)手術の動画付き英文論文を発表してきました。
それらの論文に興味を示してくださったチェコのJiří Fiedler(ジジ・フィードラー)先生(チェスケーブデヨビッセ病院 脳神経外科部長、マサリク大学 脳神経外科准教授併任)が2017年に当院にいらっしゃり、私のもやもや病に対するバイパス手術を見学されました。その後も2019年にチェコ共和国でフィードラー先生が主宰するバイパス術に関するハンズオンセミナー(実習的学習)に講師として招聘されたり、交友が続いていました。
―マサリク大学付属病院での手術執刀の依頼はどのような経緯だったのでしょうか。

ブルノ市はチェコ共和国第2の都市で、チェコ初代大統領マサリクの名を冠するマサリク大学付属病院があります。この病院の脳神経外科は年間3,000件の脳神経外科手術を行い、脳神経外科医30人を擁するハイボリュームセンターです。フィードラー先生は動脈瘤治療にバイパス手術を併用する際にはチェスケーブデヨビッセ病院より呼ばれて手術を行っています。最近、小児のもやもや病(もやもや病はヨーロッパでは珍しい病気ですが、日本では症例数が多いです)の診察依頼が小児脳神経内科より増えてきたことに伴い、マサリク大学で、もやもや病センターを立ち上げることになりました。
その最初の2例の手術執刀についての依頼が、フィードラー先生の推薦を受けたマサリク大学脳神経外科主任教授のSmircka(スミルツカ)先生から私にありました。
―どのようなスケジュールだったのですか。
2025年1月13日から18日、4泊6日の弾丸日程でした。
1月13日22時にウィーン国際空港に到着しました。空港にはフィードラー先生が車で迎えに来てくださっていて、ブルノ市内のホテルに到着したのは24時でした。翌日14日は朝7時45分から、マサリク大学附属病院 脳神経外科のカンファレンスで40分間の講演を行い、医学部部長からvisiting professor(客員教授)および手術執刀の任命証書をいただきました。
その後、チェコ共和国で手術を行うのに必要な事務手続きを済ませました。事前に厚生労働省より医師免許英文証明書、行政処分関係英文証明書を取り寄せて送っており、それを元に一時的なチェコ共和国での執刀許可、保険、雇用契約などの書類10枚ほどにサインしました(チェコ語がわからないので言われるがままにサイン)。手術室で器械出し看護師や脳神経外科専門の麻酔医と打ち合わせを行い、患児さんのお母さんたちへの手術同意説明の席に同席しました。私はチェコ語がわからないので、説明はフィードラー先生とマサリク大学附属病院の担当医が行い、私は姿勢を正して最後に握手しました。



(マサリク大学脳神経外科の医師団)

(マサリク大学脳神経外科の医師団)
―もやもや病とはどのような病気ですか
もやもや病(ウィリス動脈輪閉塞症)は、本邦で最初に発見された疾患で、脳の血管に異常が生じる病気です。内頚動脈という太い脳血管の終末部が狭くなり、脳への血流が不足することで、手足の麻痺や言語障害などの症状が現れます。
この病気の特徴は、血流不足を補うために脳内で新たに形成される細い血管が「もやもや」とした形状に見えることから名付けられました。もやもや病は、アジア系の人々に多く見られ、日本では10万人あたり6-10人程度の患者がいるとされています。
症状としては、脳血流不足による一過性の手足の麻痺や言語障害、脳出血などが挙げられ、進行する脳卒中や脳出血のリスクを高めるため、早期の診断と治療が重要です。
治療法としては、内科的治療と外科的治療があり、内科的治療では抗血小板療法を中心に行い、外科的治療ではバイパス術(動脈を直接脳表の血管に吻合、主に浅側頭動脈-中大脳動脈吻合術)と間接バイパス術(硬膜や筋膜などを脳の表面に敷く)が行われます。
これはヨーロッパでは非常に珍しい病気です。
―手術当日の様子について教えてください。
翌15日は、14歳の患者さんに対して左浅側頭動脈―中大脳動脈の2か所に脳血管吻合術(バイパス)を行いました。
手術の要となる手術用ピンセット、superbypass攝子(高山製作所)は持参しましたが、顕微鏡はチェコで唯一の使い慣れた三鷹光器のマイクロがマサリク大学に納入されており、想像以上に落ち着いて手術を行うことができました。




手術の様子
翌16日は、さらに若年(したがって、血管が薄く細いため血管吻合が難しい)7歳の患者さんの手術でした。チェコ共和国で用意することが難しい、細く壁の薄い血管にも対応可能な繊細な11-0のマイクロ針付き縫合糸をベアーメディックさんが用意してくださり、無事に左浅側頭動脈―中大脳動脈の2か所に脳血管吻合術(バイパス)を行うことができました(写真1A、1B)。写真1Aで攝子が把持しているのがベアーメディックのマイクロ針付き縫合糸11-0です。倍率は20倍の最大倍率です。写真1Bでは、写真右上からドナーの浅側頭動脈が2本に分かれ、写真中上と左下の2か所の血管吻合部分から脳表の血管(中大脳動脈)へスムーズに血流が流れている様子を示しています。


翌17日朝、フィードラー先生の車でウィーン国際空港に送っていただきました。その道中、スミルツカ教授からフィードラー先生に2名の患者さんの経過が順調である旨の連絡があり、胸をなでおろしました。
-今回の手術を終えて、どのように感じましたか?
今回の手術は自分の手術が異国でも通常通り行える安定した精度にあることを再認識できる非常に貴重な機会でした。また、我々の手術精度には非常に高い評価をいただき、チェコ共和国、マサリク大学脳神経外科の皆さんにも感謝しています。
チェコ共和国の風景




先生にお話を聞きました!

脳神経外科 部長 井上 智弘
1997年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院の関連病院である会津中央病院、米国メイヨークリニック、富士脳障害研究所附属病院などを経て、2016 年当院着任。日本脳神経外科学会脳神経外科専門医、ECFMG certificate、日本脳卒中の外科学会認定技術指導医、日本脳卒中学会脳卒中専門医