社会全体を考えたうえで、医師として目の前の患者さんと向き合い最善を尽くす

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社会全体を考えたうえで、医師として目の前の患者さんと向き合い最善を尽くす

さまざまな先生方から刺激を受けながら、よりよい社会と医療を追求する松橋 信行先生のストーリー

NTT東日本関東病院 消化器内科
松橋 信行 先生

医学部入学への道のり

私は横浜市で育ちました。徒歩圏内に田んぼや池があり、泥んこになって昆虫や水生生物をとるのが好きでした。小学校1年生のときに父に連れられて東京湾でハゼ釣りをしたのがとても印象深く、こうした自然との触れ合いがとても大事なものだという感覚を早くから持っていました。ところが中学生になる頃には公害問題が拡大し、東京湾も汚染がひどくておばけハゼが話題となり、とても釣って食べるなどということはできなくなってしまい、残念な思いを抱いたとともに先行きに非常に不安を感じました。

そうしたなか、高校1年生のとき、原田 正純(はらだ まさずみ)先生の『水俣病』という本を読んで、“人が作り出した有機水銀という物質が公害という大変なものを引き起こした”と大変な衝撃を受けました。そして、著者である原田先生ご自身が現場で一生懸命に患者さんを診て、いろいろな要素を総合するとどうやら工場から出ている廃液が関係ありそうだと、徹底した現場主義によって真相に迫っていく姿に感銘を受けたのです。当時の原田先生は、行政や学会の中心で活躍されている方ではありませんでしたが、真相を解明して人々を救おうと力を尽くす姿勢から、“科学で大事なのは権威ではなく、きちんと現場に足を運んで正しいと思うことを突き詰めていくことだ”と痛感したのです。このようなこともあって、化学の道に進んで人類を救うような画期的な化学反応を開発したいと漠然と思うようになりました。

しかし、高校3年生頃になると、研究者になってどれほど素晴らしい発明をしたとしても、政治がそれを使ってくれなかったら世の中は変わらないじゃないかと考えるようになりました。そこで、自分は社会のシステムを良識に従ったものに変えていくことに貢献したいと考え、法学部のコースを選びました。

ですが、大学に入りさまざまな人たちと出会い、いろいろなことを見聞きする中で、東北の寒村で地域医療を担った方の事例に接し、そういう道もやり甲斐があるかと考え直し一念発起して医師になろうと決め、翌年医学部に入り直しました。

医師は幼い頃から身近な存在だった

医師を選んだ背景には、父方の祖父の祖父、つまり高祖父にあたる松橋 尚綱(まつはし たかつな)の存在が影響しています。松橋家の祖先は、幕末の時代に今の岩手県盛岡市を本拠地とする南部藩で城詰(しろづめ)していました。しかし、明治維新で世の中が変わりゆくなかで、高祖父はこのまま武士を続けるわけにはいかないとなって爵位を返上し、交流のあった大槻家のつてで東京に出て医術を修めることを決めたそうです。1882年には南九戸郡病院長の辞令を仰せつかり、医療資源の乏しかった地元岩手県の地域医療に尽力しました。また、岩手県でコレラ検疫を実施したことに対して県知事から褒賞を受けた証文が残っています。

思い起こせば子どもの頃、高祖父の骨切り鋏を足の爪切り鋏として使っていたのですが、黒錆(くろさび)が一面に施してあって新品同様の美しさと切れ味のよさで、子ども心に“昔の器具っていうのは物がよいのだな”と思ったことが強く印象に残っています。また、家には本草綱目(ほんぞうこうもく)などの医書もありました。高祖父以後は家系で医師になる者はいなかったのですが、このように医学につながるものが家の中にいろいろあったことで医師という仕事に親近感があったのです。

消化器内科の臨床医として歩むことを決意

医学部卒業後は東京大学医学部附属病院で研修医として歩み始めました。さまざまな道があり選択に迷いましたが、最終的には児玉 龍彦(こだま たつひこ)先生(現 東京大学先端科学技術研究センター名誉教授)らからお誘いいただいて第3内科の消化器の研究室に入れていただきました。当時は研究志向の同僚も多かったのですが、自分は臨床向きだろうと考えたのです。

指導医の先生方や高め合える仲間から医師としての姿勢を学び続けている

自分のいた第3内科の消化器グループは、人数は少なかったのですが児玉先生のほかに、日本消化器病学会の理事長を務められた菅野 健太郎(すがの けんたろう)先生や、その前にも日本を代表する消化器病学者の1人であった故 竹本 忠良(たけもと ただよし)先生など、非常に立派な先生方がおられました。

児玉先生はスカベンジャー受容体のクローニングなどに成功した科学者ですが、それだけでなく、東日本大震災後に福島県に毎週通って除染活動の指導をされるなど、それこそ先述の『水俣病』の著者である原田先生のように、医学の知見に基づき社会問題の解決に取り組まれました。福島原発問題のときも、最近の新型コロナウイルス感染症についても、国会で参考人として現状に対して強く警鐘を鳴らすなど精力的に活動されています。

菅野先生は、日本の消化器病界の中で世界に対し大きな影響力をもつ先生の1人だと思いますが、学会を主宰されたときの講演で、足尾鉱毒事件や福島原発事故などを例に挙げて医学と社会の関係を論じられました。これらの問題は、環境や国民の健康より利益が優先された結果起きた事象であり、同じような問題が起きるのを防ぐためには医学は科学の中にとどまるのではなく社会とのやり取りの中で発展されていくべきだと話されました。竹本先生は学会活動以外にも非常に幅広い教養を持った方で、晩年には安全保障関連法に反対する学者の会に名を連ね、よりよい社会のために行動されていました。

そして、もう1人。私と同期の中釜 斉(なかがま ひとし)先生は現在国立がん研究センターで理事長を務め、日本のがん領域において活躍しているだけでなく、受動喫煙問題で対策の必要性を表明するなど社会に対しても発信を続けています。

このように身近にいらした先生方が良心に基づいた立派な行動をしているものですから大変頼もしく感じるとともに、私自身も社会と医学の兼ね合いを考えて今後とも行動せねばと思っています。

社会全体の幸福を考えたうえで一人ひとりの患者さんと向き合う

近年、医学・医療の進歩は目覚ましく、かつ、各領域において細分化が進んでいます。しかし、経済を含めた日本社会の成長の勢いが非常に鈍っていることを考えねばなりません。

私が専門とする消化器疾患においても新薬が次々と開発されて、治療の選択肢が広がってきています。ただし、とても高価になってしまうものも多い。より効果的な治療法を開発していくのは医療の発展として当然の方向ではありますが、これから先の日本においてはその視点だけではなく、いかにして世の中の人々全体がきちんと医療を享受できる体制を維持するかということが重要であると考えています。現場の医師としても、患者さん一人ひとりの症状や置かれている状況を考慮しながら、多くの選択肢の中から患者さんと相談のうえで治療効果とコストを考えてベストな治療を選ぶことが大切です。新しい薬を使ってほしいという患者さんには必ずしも喜ばれないこともあり得ますが、国の財政や医療保険制度が崩壊したとなっては近未来の患者さんが困ることになります。

これからの医療を見据えて

今は、NTT東日本関東病院の消化器内科医、副院長として診療と病院全体の管理に携わっています。消化器内科のスタッフたちが遺憾なく力を発揮してくれて、消化器病センターとして質の高い医療を提供できていることに、あらためて感謝したいと思います。また、病院全体としても、亀山 周二(かめやま しゅうじ)院長のリーダーシップの下に各部門のスタッフが熱意を結集し、よりよい病院に変貌してきており、これについても共に働く皆さんに感謝いたします。

これからの医療を担う若手医師の育成も欠かせません。若手医師には、細分化された専門性を極めることだけに目を奪われず、世の中全体に目を配れる医師になってほしいと伝えています。そのために、医師としての知識や技術を磨くと同時に、さまざまに見識を広げてこれからの医療を担う人材となってくれることを願っています。

最後に、地域医療を担ううえで分業は非常に大事になってきています。専門的な診断・治療が必要となった場合には、地域の先生方にはぜひNTT東日本関東病院をご紹介いただきたいと思っています。逆に急性期を脱して安定した患者さんについては、逆紹介という形で患者さんを積極的に地域の医療機関にお戻しして、紹介と逆紹介のサイクルを今まで以上に進めていく所存です。

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